2018年11月23日金曜日

食肉について考える④

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。




前回ブログのつづきです。


【わたし自身の食肉に対する考え②】


あくまでもわたし個人の考え方で、決して「コレが正解」というものではありません。


●「大歓声」から「不謹慎」へ


目の前のお皿に盛られたお肉料理に嬌声を上げて舌なめずりするくせに、動物の屠殺映像を視ると


「なんて酷い!!」

「可哀想よ!!」

「あんな映像を流すなんて不謹慎だ!!」


などと猛抗議する人はたくさんいます。

SNSなどでは、


「あまりにショッキングな映像だ」

「公序良俗に反する」

「不適切な映像」


などとして削除される場合もあります。

喜んでお肉を食べるけれど、その動物が殺されるシーンをわざわざ見せられるのは たいそう下品で趣味の悪いことだと受け止められているのですね。


他方、現在も狩猟生活を続けている未開の地の原住民や、狩猟生活をしていたころの人々はどうだったでしょうか?


男たちが狩ってきた鹿や羊を、村で待つ人たちは歓声で迎えたことでしょう。

女たちは獲物の血を抜き、皮をきれいに剥いでお腹を開き、内臓を出して・・・

その様子を子供たちがキラキラ光る目で見つめたり張り切って手伝ったり・・・

その中に、


「酷い!」とか「野蛮!」とか「不謹慎!」なんて言って目を覆う人はいたでしょうか?

そんなはずはありません。

誰も彼も、美味しいお肉を囲んでの宴を楽しみにして、胸を躍らせていたはずですね。


同じ光景を、「大歓声」を上げて見る人々 と 「不謹慎」と感じる人々 との違いは一体なんなのでしょうか?

・・・ということを、「罪悪感」というキーワードを軸に考えていきたいと思います。



●逃れられないはずの罪悪感


◇最初の罪悪感(家畜化)


人間が自分たちが食べる動物に対して最初の罪悪感を抱いたのはどの時点か・・・ということを想像してみました。

日照りによる干ばつや長い冬が続けば、男たちが何日も狩に出て野山を歩き回っても獲物がまったく取れない日が続いたことでしょう。

そうなれば、体の弱い子供や年寄りから先に死んでいく・・・ということになったのだろうと思います。

狩に出た男たちが他の獣に襲われて命を落とすことも少なくなかったでしょう。


そこで人間は、得意の知能を使って、自分たちの手で動物を飼い、繁殖させることで、安定的に食糧を得ることを思いつきました。

「家畜」のはじまりですね。


それによって、今までのような生活なら死んでいた人が生き延びることができるようになったことでしょう。

栄養が行き届くことで、病気になる人も減ったかもしれません。


でもその一方で、次のような罪悪感にチクリと胸が痛んだかもしれません。


「他の動物たちは、体を張って自らの身を危険にさらして獲物を獲っている。

自分たちも今まではそうしていたのだ。

でも、今や自分たちはリスクを冒すことなく動物を殺して食べている。

これは、動物界から見たらフェアなやり方じゃあないのではないか・・・?」


とはいえ、自分たちも生き延びなければなりません。

人々はその罪悪感と向き合いながら、家畜をいただく生活を続けました。



◇愛着のある動物を殺す罪悪感(屠殺)


食肉用の動物を繁殖させることによって、人々は生まれた時から手塩にかけて大切に育てた動物を自分の手で殺して調理することになりました。

感受性豊かな人間は、可愛がって育てた愛着のある動物を殺す時、


「ごめんね」という罪悪感と「お別れの辛さ」という哀しみをイヤというほど味わったことでしょう。


でも、そんな風に罪悪感や辛さと人間が真正面から向き合っていたころ・・・人々はお皿に上ったお肉を残して捨てるようなことをしたでしょうか?

できたでしょうか?

きっと、そんなことは絶対にできなかったように思うのです。

可愛がっていた動物からいただいた命を大切に思うからこそ、毛皮から内蔵に至るまで、無駄にすることなく大事に使わせてもらったことでしょう。



●現実逃避を可能にしたもの


そして、現代の先進国の人々は上記のふたつの、本来は絶対に逃れられないはずの罪悪感に向き合うことを止めて、完全に現実逃避しています。

それを可能にしたのは、合理的な分業によって動物たちを飼育している現場や食肉に加工している現場が、実際に動物たちの肉を口にする消費者から遠く離れていることでしょう。


・フェアに体を張って闘わずして獲物を口にする罪悪感

・生まれた時から食肉になる宿命を背負った子牛や子豚、子羊や鶏とお別れする辛さや手にかける時の苦しさ


そういった一切を、まるで「何事も起きていない」かのような涼しい顔をして直視することなく暮らしているわたしたちは、


自分たちがアンフェアである自覚すら捨ててしまいました。

自分たちが「生きたい」と願っている尊い命を戴いているのだという意識すら捨ててしまいました。


スーパーには、信じられないような安価な値段で切り身になってパック詰めされたお肉が並んでいますね。

もし、食肉コーナーで、その動物の屠殺シーンの動画をループさせているスーパーがあったら、恐らくお肉の売上は絶望的に減ることでしょう。



●罪悪感(良心)を捨てた人間の所業


世界中で、食肉用の家畜の肉は病気などの汚染を理由に、加工される段階で6割が捨てられているというデータもあります。

加工されたお肉も、


「売れ残っちまった!」

「もう食べきれない」

「コレ嫌い!」

「あ~あ、腐っちゃった!」


とかいう理由で大量に捨てられていますね。



わたしは、一番の問題点はここにあると思っているんです。



長くなってしまいました。

つづきはまた次回のブログでお話させてください。





<今日のPetHotel11!>

朝の海岸さんぽ♪
綺麗な朝焼け
ワーーーイ!お庭遊びだーー♪

Kくん&としお「ワーイワーイ♪」
見物犬Rちゃん「・・・・」

Kくん&としお「ワーイワーイワーイ♪」
Rちゃん「・・・・」

Rちゃん、なぜかとしおが目障りだったのか
「ガルーーッ!!」
としお「キャッ」

としお「なんかわかんないけどごめんなさいっ!」

としお「なんかわかんないけどゆるしてください!」

としお「もうそろそろいいかな~?(ムク)」

としお「まだか・・・(コロン)」

としお「もういいかな~?(ムクッ)」

としお「ま・・・まだか・・・(コロン)」
Rちゃん「アンタなにやってるの?(呆)」

そんなこんなで泥だらけになりました(-_-;)

Kくん「Sくん!ボクと・・・」

Kくん「遊びましょ♪ったら・・・」

Kくん「遊びましょ♪」
Sくん「・・・・遠慮しとくよ」

Rちゃん「ちょっとアンタ!」
Jくん「ドキーーーーンッ!」

Rちゃん「ワタシと遊ぶの?遊ばないの?」

Jくん「遊びません!」
Rちゃん「遊ばないんかーーーーい!!」

Sくん「Tくん・・・カワイイなぁ~
ボクと遊ばない?」

Tくん「モチロン・・・遊びませんよ(キパッ)」
(^_^;)

Sくん「Bくんあそぼっ♪」
Rちゃん「ちょっとアンタ!ケンカ売ってんの?!」
Bくん(柴)「・・・いったいボクはどうしたら?(汗)」

Sくん&Bくん「・・・・・」

Bくん「遊ぶ?」

Sくん「うん、遊ぶっ♪」

ベンチが大好きな、仲良しふたり組

としお「ねえねえ、降りてきて一緒に
遊びませんか?」

Jくん、勇気を出してSくんと
上手にご挨拶!

Bくん・・・もう顔が人間になってるよ
笑笑笑

Nくんがひさしぶりにパパ&ママと
遊びにきてくれたよ!!
またお泊りにおいで。待ってるよ~~(*^_^*)


Sくん「Aくんって・・・迫力あってカッコいいな~」

Aくん「いえいえボクなんてそんな・・・」
Sくんの10倍くらい小心者のAくんなのでした(笑)

Bくん登場~!
「ワ、なんだオマエはぁ~?」
としお「ボクはまだ赤ちゃんなので
優しくしてくださーーーい」

さ!お散歩誰から行く~~?
「ボクー! ワタシーー!」

海風がキモチイイ~~~~♪

Gくん、今日もお散歩張り切ってまーす!

あはは!Aちゃん、いいお顔だねぇ(笑)

必ず砂浜に下りてきたがるKくん
海が大好きなんだね!

Jくんも、とってもいい笑顔だよ(*^_^*)

おーーーい!お馬さ~~ん!

おだやかでとっても優しい柴犬のBくんは
小さいTくんから慕われていまーす!

えへへ、嬉しいな♪

Tくん、お散歩すごく上手だね!
Tくん「ふふふ、褒められちゃった」

チャコ「この大根、いつになったら食べられるの?」
Bくん「食べちゃダメなんだってさ・・・」

わあ!見て!
すごく幻想的なお月さまだねぇ~~!
(怪しいシルエットはチャコ)

みなさん、ボクは今日、木を囓りすぎて
吐きました(テヘペロ♪)

(-_-;)

ボク明日、手術を受けることになりました。

「さよーなら~~ タマタマちゃぁあ~~~ん!!」

タマちゃんみたいに言うな (-_-;)







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