2017年8月19日土曜日

青い犬は神の化身?

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。


インドのムンバイ近郊で、青い犬が複数目撃されて話題になっています。



【神の化身か?!】


当初、地元の人の間では

『シヴァ神の化身か?!』

などと噂されていたそうですが、んなわけないから~~~。

今回、少なくとも5頭見つかっている青い犬は、いずれも野良犬です。

近くの工場から排出された染料によって青く染まった水を飲んだり浸かったりすることで、こんな状態になったのではないかと言われているんですね。


【深刻な水質汚染】


ムンバイ近郊には約1000もの医薬品、食品、工学工場があります。

以前から環境保護団体や動物愛護団体が、汚染された工業用水が海洋生物や周辺地域の動植物に悪影響を与えることを懸念していた地域なのです。

近隣の漁師さんたちは昨年夏から、汚染された河川の水が漁獲量に大打撃を与えていると訴え続けていました。

地域の水質検査では、水生生物を維持するのに必要な酸素の濃度が不十分だということがわかっています。

植物、水生生物、野生生物に有害な影響を及ぼす塩化物のレベルも高い数値を示していて、この地域で栽培された野菜は通常の野菜と比べて色合いが変だといいます。

青く染まった犬たちは、可哀相に、被毛が青いだけでなく、いずれも体が弱っているといいます。

そりゃーそうでしょうよ・・・

この子たちは染料のみならず、たくさんの汚染物質や化学物質が含まれている水を飲んでいるに違いないのですから・・・


【届かない声】


地元の漁師さんや、地域住民からの水質改善を望む声は以前から頻繁にあったにも関わらず、本格的な対策が取られることはなかったといいます。

地元の漁師さんのひとりは言います。

「時々、呼吸するのさえ苦しい時があるのです。この地域のほとんどの住民が呼吸器の問題や眼の問題を抱えているのです。政府は誤った業種の企業に対して措置を講ずるべきなんです」

更に、別な人は

「私の夫は漁師です。でも私の兄弟は河を汚しているといわれる企業で働いています。会社に苦情を申し立てると、私の兄弟は失業してしまうかもしれません。汚染された水は犬だけでなく、鳥、爬虫類、その他の生き物にも影響を与えます。前にも多くの魚が水と空気に放出された染料のために死亡しました。既にこの土地は危険地域になってしまっています。でも、企業側のロビー活動は強力です。彼らにはお金があって、たくさんの賄賂をばら撒くのです」

そして、最後にこの住人は言っています。

「このニュースは今日読まれ、明日忘れられます。誰も貧しい人を気にしない」



【やっと動き出した行政】



今回この青い犬たちのショッキングな画像がSNSで配信されると、またたく間に世界中で話題となりました。

すると、ようやく行政は重い腰を上げて企業への是正勧告といった対策に乗り出し、

『ちゃーんと対策を講じているけんねっ!!』

と世界中に向けて急~にアピールしているようです。

あーかーらーさーま~~(呆)


【やっぱり神の化身】


水は命の源です。

水が汚染されれば、地球上のすべての動植物に健康被害が出るばかりか、命を奪いかねません。

日本でも1950年代~60年代の高度成長期には、未曽有の(←”みぞうゆう”ではありまへん)環境汚染と、それに伴う公害病を経験していますね。

水俣病・イタイイタイ病などなど・・・



ムンバイ近郊の漁師さんや動物保護団体が、何度も何度も声を上げたのに動かなかった行政を、たった1枚の画像でたちまち動かしてみせた、物言わぬ青い犬たちは、確かに神の化身なのかもしれないな・・・

と思ったりしました。

この地域の人々、とりわけ小さな子供たちに命に関わる病や奇形などが出る前に、青い犬たちは自らの身体を使って警鐘を鳴らしてくれているのかもしれません。


それにしても・・・神様にちょっとクレーム(←?!)

なにも、なんの罪もない犬たちを真っ青にしなくったってよかったではないですかぁ?

排水をダダ流しにしている企業のヤツらだったり賄賂をもらってそれを容認している行政だったり・・・

そういう金に目がくらんだオッサンたちを全員、

【デスラー総統】みたいにしてやればいいんだーー!



<今日のPet Hotel 11!>


今日からお泊りのビションフリーゼ、パールくん。
とてつもないフェロモンを発しているのか
ベイビーくんがメロメロに・・・
その後やってきたイタグレのろいろくんもパールくんに夢中
パールくんにたかっている男子たち・・・
いい加減にしなさーーい!!
ってことで、この後引き離されました。
ここに、こんなに可愛い女子がいるのにー!!
ティナちゃん、また遊びにおいでね~(^▽^)/
ベイビーくん、お迎えがきたら、パールくんから
パッと離れました(笑)
また遊びにきてねー!
パールくんから引き離されて悲しそうなろいろくん。



たそがれてます・・・

男たちをさんざん翻弄した当の本人パールくんは
なーーんにも気にしてませーーーん!
ウワーイウワーイ♪

ふっ・・・罪なヤツ



2017年8月18日金曜日

サブのこと・・・

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。


前回のブログでは、17年3か月の犬生を、大好きな母の腕の中で静かに閉じたビーグル犬リンダのお話をしました。

今日は、わたしの人生で初めて飼った犬=サブのことをお話しようと思います。


【我が家に犬がやってきた!】


わたしが子供のころは、まだまだ飼い犬=番犬という認識が一般的で、外犬もかなりの比率いたものです。

(お庭番は現在49歳。40代に左手の小指の第一関節でかろうじてぶら下がっている状態でございます)

幼稚園の頃、我が家には犬がいませんでしたが、ご近所で飼っているワンちゃんと遊ぶ・・・いや、遊んでもらうのが大好きでした。

近所を練り歩いてはピンポンダッシュしたり、ご近所のお庭にいるワンちゃんの鼻に花粉をくっつけてクション!とさせるなど、いま思えば悪ガキ以外の何物でもありませんでした。

いやあ・・・よく咬みつかれなかったものです(-_-;)

そして、口を開けば

「犬飼いた~~~~~~い!!無理ならパンダでいい」

などと言って・・・

ええ・・・たぶんバカだったんでしょう。
今もまったく成長していません・・・(タメイキ)


幼稚園を卒園する少し前、念願かなって我が家に犬がやってくることになりました。




【名前はサブ】



幼稚園を卒園して、小学校に上がる前の春休みに、我が家は同じ市内ではありましたが、お引越しをしました。

その新居に移るタイミングで、犬を飼ってもらえることになったのです。

遠い親戚のおばさんの家にいた、ネロという犬の子供で、とっても可愛らしいアメリカン・コッカースパニエルの男の子でした。

まだ小さかった上に、そもそも

海馬になんか問題でもあるのか?

と自分でも訝しく思うほど記憶力に問題のあるわたしのことですから、その当時のサブに関する記憶は、非常にあいまいで断片的です。

けれども、犬の名前を決める家族会議にて、せっかく可愛い名前を色々と考えていたのに、最終的に2才上の兄と父が

兄「又三郎がいい!」

父「長い!」

兄「じゃ、三郎」

父「長い!犬といえばポチだ」(←?)

兄「んじゃあサブ!サブで!!」

父「うむ!」

とか言って、アッサリと”サブ”に決定してしまったことに

すっごい不満~~!

と思っていたことは覚えています。ま、今となっては時効ですから、そろそろ兄を許しましょうか(←逆に40年以上経っても根に持っていたんかーい?!)

今、コッカースパニエル相手に”サブ”なんてシブい名前をつけるご家庭は、そうそうないでしょう・・・


【サブとの日々】


絶望的なわたしの記憶を辿りながらですので、非常にあいまいではありますが、覚えていることを書かせていただきます。

サブは、真新しい新居の、まだ生えそろっていない芝生の上でよくわたしたちと遊んでくれました。

サブの毛は、柔らかくてとっても手触りがよく、わたしはサブを抱きしめて、その柔らかい毛にほっぺたをスリスリするのが大すきでした。

外飼いでしたが、4帖ほどの広さの屋根付き物干しスペースが、サブの居場所でした。

わたしが父に

「こういう、スヌーピーのおうちみたいなのをサブに作ってあげて」

と、絵を見せながら頼み、父はヨッシャ!とサブのための犬小屋を作ってくれました。

出来上がったのは、

何かの手違いでは・・・?

と思うくらい、オーダーしたスヌーピーハウスとは全くの別物でしたが、入口の上に

『サブのいえ』

と書いた板を張り付けて完成♪

「サブ、入ってごらん!よかったねぇ、よかったねぇ~!」

と一家で喜んだシーンはよく覚えています。


当時、サブのごはんは、人間のごはんの余りものでした。

そういう時代だったんです。

よく母が、冷ごはんにお魚の骨とお味噌汁をぶっかけにして、サブにあげていました。

今考えると、明らかに塩分過多ですが、きっとすごく美味しかっただろうなと思います。

わたしは、サブがお魚の骨をバリバリと噛み砕いて食べるのを眺めているのが好きでした。


これが、わたしが覚えているサブの記憶のすべてです。



【うそでしょう?!】


前回のブログに登場したビーグル犬リンダについては、ことあるごとに家族で思い出話をするのですが、サブについて家族間で語られることはまったくありませんでした。


つい1か月ほど前のことです。

お客様からお預かりしたアメリカン・コッカースパニエルちゃんの画像を眺めながら、
わたしはふと母に

「サブと一緒だよねぇ。ねえ、サブのこと、覚えてるでしょ?」

と訊いてみたのです。すると母は、とても訝しそうな表情をして・・・

母「え?なんのこと?」

私「やだ~、サブよぉ!コッカースパニエルの。小さい頃に洋光台(地名)の家で飼っていたでしょ?」

母「ええ?!知らないわよ~~。犬なんて飼ってなかったわよ!アナタ何言ってるの???」


本当に覚えていない様子の母に、わたしはゾっとしてしまいました。

母は、動物が、特に犬が大すきな人なのです。

あんなに可愛がっていた飼い犬のことを忘れるなんてことはありえません。


「ついにキタか・・・痴呆のはじまりか・・・わたしも腹をくくらなくては・・・」


わたしはドキドキしながらそう考えざるを得ませんでした。

けれども冷静に考えると、80才近くなっている母はどちらかというと、直近の記憶よりも昔の記憶の方がクリアで、口を開けば、かなり古い話を細かいところまでよーく覚えていて、繰り返し語るわけです。

忘れちゃってるなんて、やっぱりおかしい・・・

すると、わたしの記憶がウソなの?サブのあの柔らかい毛の肌触りも・・・

まぼろし~~~~~~~い?!


【サブとの別れ】


いいえ、まぼろしなんかではありません。

サブは確かにいましたよ。我が家のたいせつな一員でした。

それが証拠に、その後兄と話したところ、わたしのサブに関する記憶は確かだったということが判りました。


実は・・・

サブとのお別れは、あまりにもあっけないものでした。

サブを飼い始めてまだそう長くは経っていなかったある日、母の実家に里帰りすることになったわたしたちは、サブを元飼い主のおばさんに3~4日預かってもらうことになったのです。

サブにとっては生家であり、お母さん犬のネロがいるおうちです。

母は安心して遠縁のおばさんにサブを託したことでしょう。


ところが・・・

帰省から戻ったところ、おばさんから、次のような連絡が入ったのです。

「あの子はダメだ。狂ったように吠えるダメ犬だから処分したよ」

わたしが覚えているのは、それを聞いた母が、小さいこどもの手前、怒りと悲しみをこらえながら

「どうして・・・どうして・・・?せめてどうして相談してくれなかったの?」

と泣いている姿です。


そして、わたしも兄も、幼心にサブのことについては話題にしてはならないのだと悟り、それから家族の間でサブのことが語られることはなくなっていたのです・・・


わたし自身、その時自分が泣いたのかどうかも記憶していません。
普通に考えれば、大好きだったサブがいなくなったことを知らされたのですから、きっと号泣しただろうと思いますが、何も覚えていないのです・・・



【封印されたサブの記憶】


つい先日、一緒に夕食を摂りながら、もう一度母にサブのことを覚えていないか尋ねました。

すると、

母「うん・・・覚えているわよ・・・」

私「え?!覚えてるの?でもこの前お母さん、覚えてないって言ってたでしょ?」

母「うん・・・言った。あの時はなぜか、本当に思い出せなかったのよ」

私「ええ?!ねえ、おばさんはどうしてサブを勝手に処分したりしたの?」

母「・・・・・わからないのよ」

私「そんな・・・!だって、サブはうるさく吠えたりする子じゃなかったわよね?すごくいい子だったわよね?」

母「そうよ!サブはいい子だったわよ!だから・・・わからないのよ・・・」

私「おばさんに理由を訊かなかったの?訊くでしょう普通?なんて言ってたの?お母さん、おばさんに怒らなかったの?」


つい感情的になって、母を問い詰めたわたしでしたが、母の様子を見てハっとしました。

その時母は、凍ったような無表情で、目の前のお皿にのったおかずを、お箸でクルクルと回転させていたのです。

母はマナーにうるさい人で、お箸でおかずをもてあそぶような真似は絶対にしない人です。

それが、まるで小さな子供が食べたくないおかずをこねくり回すようなことをしていることに、わたしはギョっとしてしまったのです。

その母の異様な様子から、わたしはこれ以上サブのお話をするのはもうよそうと思いました。

恐らく、母にとって、あまりにも辛すぎる記憶だったのでしょう。

そして、その辛すぎる記憶を、母は封印していたのでしょう。

それを無理に掘り起こすことは、母にとって大変酷なことなのだと、わたしは悟りました。


【ごめんねサブ】


サブを処分したと言っていたおばさんも、既に亡くなっています。

父も亡くなり、母は記憶を封印しています。

そして、兄とわたしは当時幼かったため、本当のことは聞かされてもいませんでした。

ですから、今となっては、サブがどうして処分されなければならなかったのか、真実は判りません。


母が、お皿の上のおかずをこねくり回しながら、最後に小さな声でこう言いました。

「きっと、サブを欲しいっていう誰か他の人が現れたのよ。それでおばさんは、そのことをわたしに言いづらくって、あんな風に言ったんじゃあないのかしら・・・」


・・・もし、本当に母の言うような理由だったとしたら、

「処分した」

などという非道いことを言わず、嘘の言い訳をするにしたって、
ウッカリ逃げてしまったなり、体調が急変して亡くなったなり
もう少しマシなことを言うと思うのです。

いずれにしても、父や母に事前になんの相談もなかったのですから、あまりにも非常識極まりない、信じられないお話です。

もし当時わたしが大人だったなら、絶対に許さない。許せないことだったと思います。

とにかく、母は一時はサブのことを記憶からまったく消してしまっているほどに、そして、思い出したとしても「誰かにもらわれて幸せになったのかもしれない」という風に、その記憶を塗り替えでもしなくては、正常な精神状態が保てないくらいのショックを受けたのだということでしょう・・・


これが、お話できるサブのすべてです。


あまりにも短い、サブとの時間。
あまりにも少ない、サブとの記憶。


我が家には、兄やわたしが小さかったころの写真や、リンダの写真は佃煮にするほどたくさんあります。

けれども、サブの写真や、サブのおうちの写真は一枚もないのです。

きっと、サブがいなくなった当時、あまりの哀しみに母が処分してしまったのではないかと思います。

それでも、わたしの心の中にある、サブのあの柔らかい毛並みの記憶は、決して色あせることはありません。


サブは今、虹の橋のたもとで、何を思っているのでしょうか・・・

父は必ず、リンダと共にサブを抱きしめて、

「ごめんな。サブ・・・!」

と言いながら、たくさんたくさん撫でてやっているに違いない。

そう思うのです。


わたしは今、サブへの贖罪のような気持ちを心の奥に抱えて、ペットホテルを経営しています。

お預かりしたワンちゃんが、できるだけストレスを感じずにお留守番していられるように・・・

そして、何よりも無事に、元気な姿で飼い主さんのところに帰れるように・・・

もし、万が一、高齢のワンちゃんや病気のワンちゃんに、お預かり中にもしものことがあったとしたら、真っ先に飼い主さんに連絡をしてあげられるように・・・

それを肝に銘じて、日々ワンちゃんたちのお世話をさせていただいています。


思い出話におつきあいいただいて、ありがとうございました。



<今日のPet Hotel 11!>

おっとりしたウエスティのティナちゃん♪
アッという間に馴染んでしまいました。

ジャックラッセルのベイビーくんも
あらまあ、”なつ”とイイ感じ~!
・・・と思ったら”なつ”の渾身の誘惑に
「プイッ!」
いいぞーー!ベイビーーーー!!(ピープー♪)

あ、ボスがウンチするぞ。応援しよう!
「や・・・やめてくれぇ~~」

いつものように、ウリくんは驚異の大ジャーンプ!
久々のお天気に、元気玉が爆発しております。

オリャオリャオリャオリャーーー!!

ソレソレソレソレーーーーッ!!

ヨッコイショっと・・・
ティナちゃんの周りだけ、時の流れがゆーったり♪
ハイ休憩~。
「ダメ。ボクのお水。誰にもあげない」
「いらないよ~だ」



みんなお散歩大好き♪
ティナちゃんもいっぱい歩きました!



2017年8月17日木曜日

リンダの思い出

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。


昨日、8月16日は、10年ほど前に亡くなったリンダ(ビーグルのおんなの子)の命日でした。

今日は、リンダの思い出話におつきあいください。


【美犬リンダ】


リンダはわたしが大学生のころ、父の誕生日プレゼントとして我が家にやってきてくれました。

パピーのころのリンダ。
大好きなブタちゃんのぬいぐるみと

なんでも、お母さん犬が何らかのショーで優勝したとかで(まったく興味がなかったのでよく覚えていませんが・・・)確かにとっても美犬でした。

ある日、わたしが実家のすぐ近くの海岸を散歩させていると、大きなカメラを携えた男性から声をかけられました。

「あのぅ・・・すごく可愛いですね!写真、いいですか?」

「ええー?アランイヤン!困りますぅ~~~~(クネクネ)」

「あ、いや・・・ワンちゃんの方で・・・」

っつーーくらいの美犬だったわけッス!ハハハ(乾いた笑い)

その男性は大手新聞社の鎌倉支局の方で、後日、リンダの写真はちゃーんと新聞に載ったんですよ。

実家のお庭で


【プライド高くて負けず嫌い】


それほど美犬だったせいか、リンダはものすごくプライドが高くて負けず嫌い。

お散歩で出会うワンちゃんたちにも、ちょっぴり上から目線な態度を取ったりするところがありました。

でも、そこがまたたまらなく可愛かったりして・・・(親バカ上等)


その当時の鎌倉の海岸は、トップシーズン以外は本当にのどかで、犬仲間はみんなノーリードで走り回ってOKな場所でした。

※もちろん、今ではそんなローカルルールは廃止されていますし、いつも申し上げているように、絶対にリードはしておいてくださいね!時代が変わったのです。時代が・・・

波打ち際でワンたちは競争して遊ぶのですが、リンダはいつもダントツの走りを見せて、その後決まって

『フフン、アンタたち、おっそいわねぇ~!』

とゆーよーな態度をしていたものです。

ついでに、それを見ている私の母も、まるで自分が俊足人間になったかのような”フフン顔”をしていましたが、母はこどものころから、駆けっこはいつだってビリだったことをわたしは知っています(ご内密に)

それがある日、男の子のビーグルが引っ越してきて、海岸で遊ぶ仲間に加わりました。

その子の脚が速い速い!!

いつものように競争したところ、リンダはその男の子ビーグルに敗退し、2位に甘んじてしまったのですね。

それからリンダは二度と海岸で競争に加わることはありませんでしたとさ(ザンザン♪)


昨日の記事で、

”勝利の方程式は、勝つまでやめないことだ”

と書きましたが、リンダ的には

”勝利の方程式は、負ける試合をしないことですわ!”

ってことになりますね。

うむ。それもまた真なり(褒められた方程式ではないけどね~)


【ビーグルはビーグル】


そんな高飛車リンダですが、所詮はビーグル(ビーグルのみなさんごめんなさい)

ビーグルらしく、ものすごく食いしん坊でしたし、

ビーグルらしく、かなりおマヌケさんなところがありました。


ある日、ほんの少しの時間リンダをひとりでお留守番させていた時のこと。

家に帰って来た母は、すぐに異変を感じ取ります。

いつもだったら、玄関にすっ飛んできて出迎えるはずのリンダが来ないからです。

「あやしい・・・」

母が慌ててキッチンに向かうと、そこには、ちょっとした米俵のような体型になったリンダが転がっていました。

そして、その茶色い米俵(リンダです)の傍らには・・・絶対に届かないはずのところに置いてあったリンダのフードの大袋が

ビッリビリのバッラバラ・・・

満腹中枢がイカれているとしか思えない食欲の持ち主=リンダは、自分のフードの在庫を全て食い尽くしてしまっていたのでした。

お腹がパンパンで歩けないくせに、吐いたりしないところがまたリンダのすごいところなんです~(←親バカにもほどがある)

床の間のお月見団子を穴が空くほど見つめるリンダ

また、別なある日、いつものように海岸に向かう下り坂で便意を催したリンダ。

わりとコロコロウンチをする彼女は、かがんで集中していたのですが・・・

坂道の下の方に頭を向けてかがんでいたために、第一陣のコロコロウンチが股の間をくぐって、コロコロコロ~~・・・とリンダの顔の方に下って来てしまったのです。

するとリンダは

「きゃあああーーっ!!」

と叫び、ピョヨヨーーン!と飛び上がって一目散に逃げていくのでした・・・

犬が「きゃあああーーっ!!」って叫ぶのを父は初めて聴いたそうです。

なんてマヌケで可愛いんでしょ~~~~♪(←ボカスカ)

ボールで遊び疲れてお昼寝中

【立派なお母さん】


けれどもリンダは、とーっても立派なお母さんだったんですよ!

彼女は4匹の子供を産みました。

ローラ、ルシンダ、ロレッタ、ルーシー

全員女の子で、リンダと同じくイニシャルは”L”

リンダの娘たち。
ルシンダ・ロレッタ・ローラ・ルーシー

プライドが高くて甘えん坊のお嬢様気質だったリンダが、生まれたばかりのパピーたちを、一匹一匹、それはそれは丁寧に舐めてあげていましたし、

あんなに食いしん坊だったリンダが、自分のごはんよりも唯一優先していたのは、やっぱり可愛いパピーたちでした。

母が、お産を終えたリンダに涙ぐみながら、

「えらかったわね。本当に立派なお母さんね~」

と言っていた姿が忘れられません。

数年後、難産で21時間もかかってしまったわたし自身のお産の時に、母がわたしに向かって

「リンダだってちゃんと産んだんだから、アナタもしっかりなさいよ!!」

と言った時には

「それはちょっと違うだろ・・・」

と、陣痛の合間に手探りでハリセンを探してしまいましたが・・・

どんな励まし方してんだか~(-_-;)


4匹の女の子たちはみんな、知り合いの方にもらわれて、全員とっても幸せになりました♪


【さよならリンダ】


そんなリンダも年を取り、体は真っ白になって、あちこちにイボがたくさんできました。

虹の橋に行く少し前。被毛がすっかり白くなっています。
トーストをもらおうとおりこうアピールしています。

けれども、大きな病気ひとつせず、食欲も落ちることなく、リンダはとっても健康でした。

その日の朝、いつものように母が、お庭に通じるガラスのドアを開けてやって

「リンダ、チッチにいっておいで」

と言うと、しっかりした足取りでお庭に出てチッチを済ませて戻って来たリンダ。

母が

「アンヨきれいきれいしようね~」(←すみません。事実に忠実に書いております)

と抱き上げると・・・・

リンダは、今までわたしたちが聞いたこともないような鳴き声を一声あげたかと思うと、そのまま眠るように静かに目を閉じて、虹の橋へ行ってしまいました。

17才と3か月。

苦しむこともなく、大すきだった母の腕に抱かれて亡くなったリンダは、とても幸せだったと思います。

その日は、くしくも母の誕生日でした。


4年ほど前に、リンダを溺愛していた父が亡くなりましたから、今頃はきっと、父のポケットから出てくるパンを虎視眈々と狙いながら、ノーリードで父の傍らをルンルンお散歩していることでしょう。

リンダ、食べすぎちゃダメよ~~!


この時期になるといつも、リンダのことを思い出してちょっぴりセンチメンタルになってしまうお庭番であります。

お盆の時期ですしね~!




<今日のPet Hotel 11!>

先日、夏休みの自由研究のためにPet Hotel 11!で
体験実習をした、カワイイお客様。
立派な研究の成果を見せてくれました♪

お盆が明けて、今日はホっとお休みモード。
看板がなくて解りづらいとのお声が多かったので
フラッグを取り付けてみました。

後方に転がっているのはもちろん”ボス”



2017年8月16日水曜日

震災直後に飯舘村で生まれた子犬が・・・

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。


【飯舘村生まれの”じゃがいも”くん】

今月14日(2017年8月)、一匹の雑種犬が福島県飯舘村の「村わんダフルまでい大使」に任命されました。

6才の”じゃがいも”くん(おとこのこ)です。

任命式が行われたのは今月グランドオープンした「いいたて村の道の駅までい館」

”までい”というのは、この地域の方言で、「手間暇を惜しまず」「心を込めて」「丁寧に」「慎ましく」といった意味だそうです。


2011年3月11日に起きた あの震災の後、福島第一原発事故によって全村避難指示が出された飯舘村(いいたてむら)の人々は、6月には避難を完了しなくてはなりませんでした。

まさにその避難の直前、村民の井上正一さん(67才)宅で、6匹の赤ちゃん犬が誕生したのです。

犬を連れては行けない・・・

仕方なく井上さんは、6匹のうち1匹を知人に引き取ってもらい、残った5匹を【NPO法人 日本動物介護センター】(岐阜市)に預けました。

センターに預けられた5匹の子犬たちのうち、4匹は引き取り先が無事に見つかりました。

ところが”じゃがいも”だけは、引き取りてが見つからず残ってしまったのです。

【日本動物介護センター】の山口常夫理事長(66)は

「”じゃがいも”を災害救助犬に育てよう!」

と決意しました。

雑種犬が災害救助犬を目指すのは異例のことですが、山口理事長は”じゃがいも”の若さと身体能力の高さに可能性を見出したのだといいます。


【勝利の方程式】

訓練士の上村智恵子さん(44才)と一緒に災害救助犬の認定試験に向けて訓練を開始した”じゃがいも”

災害救助犬の認定試験が行われるのは年に2回。合格率は20~30%の狭き門です。

”じゃがいも”は2012年からチャレンジし続けましたが、結果はいつも不合格に・・・


誰かが言っていました。

「勝利の方程式は、勝つまでやめないことだ!」

って・・・

上村訓練士と”じゃがいも”は、やめませんでした

5年間、実に10回もの災害救助犬認定試験に落ちても、決して諦めずに訓練を重ね、試験を受けつづけた結果、”じゃがいも”は11回目の受験で見事合格することができたのです!


飯舘村が、一部の地域を除いて避難指示解除となったのが、今年の3月。

そして、”じゃがいも”が災害救助犬認定試験に合格したのが、今年の6月のことでした。


任命式では、飯舘村の菅野典雄村長が

「村の明るい話題を届けてほしい」

と、”じゃがいも”を震災後から預かっている【NPO法人 日本動物介護センター】の山口理事長に任命状を手渡しました。

山口理事長は

「避難指示解除に合わせて試験に合格したような気がする。応援してほしい」

と話しました。

”じゃがいも”は、共に訓練をつづけてきた上村訓練士と一緒に、任命式の会場で、倒壊家屋に見立てた木箱から、匂いを手掛かりに人を探し出して「ワンワンワン!」と3回鳴いてみせ、訓練の成果を誇らしげに披露しました。

今後、”じゃがいも”は、全国におよそ220頭いる災害救助犬と共に、全国の自治体の防災訓練に参加するなどして有事に備えるということです。

訓練士の上村さんは

「ふるさとのために頑張ってほしい。私もじゃがいもを通して福島の情報を知りたい」

と目を細めていたそうです。


【元飼い主さんの想い】

任命式には、元飼い主の井上さんも参列していました。

井上さんは、見事、災害救助犬となり、大役を任された”じゃがいも”を祝福しました。

2011年6月、避難指示に従わなければならなくなった時は、生まれたばかりの子犬たちの処分も考えたという井上さん・・・

ご家族の提案でセンターに預けることに決めました。

差し入れのジャガイモを嬉しそうに食べていた1匹の子犬が、”じゃがいも”と名付けられ、こんなにも立派に成長したのです。

「”じゃがいも”が災害救助犬を目指すと聞いた時は驚きましたが、遠くからエールを送り続けていました。年に2回の里帰りで”じゃがいも”に会うたびに成長しているのを感じて嬉しく思っていました」

そう井上さんは語っています。

井上さんは福島市内に購入した中古住宅で避難生活を続けています。

「村の復興はこれから。”じゃがいも”には人の役に立ってほしい」

と、大きく成長した愛犬の活躍を願っています。


【日本動物介護センターの取組み】

”じゃがいも”を引き取り、立派な災害救助犬に育て上げた【NPO法人 日本動物介護センター】 は、福島から600Kmも離れた岐阜県にあります。

センターは震災直後から、飼い主と暮らせなくなった、およそ50頭の犬を無償で預かり、世話をしてきました。

これまでに16匹が、元の飼い主さんのところに帰ることができましたが、その一方で、高齢により亡くなった犬もたくさんいて、現在は福島から引き取った犬は10匹になっているそうです。

その活動だけでも素晴らしいのですが、こちらのセンターは年に2回、ワゴン車に犬たちを乗せて、ふるさと福島に出向き、飼い主さんと愛犬の再会の場を設けているのです。

代表の山口常夫さんは

「犬の思いからしたら、ふるさとに帰りたいだろうし、飼い主と会いたいだろうというのが当然。最後の一頭まで返してあげたい気持ちが大きい」

と語っています。

『当然』と一口に言っても、片道600Kmもの距離の往復です。

犬を連れていればトイレや給水、気分転換のお散歩などの休憩をはさみながらの移動でしょうから、時間も労力も、そして金銭面でも大変なご苦労だとお察しします。

なかなかできることではありません。

愛犬と離ればなれの生活を余儀なくされている飼い主さんたちは、年に2回のこの日を、なにより楽しみにしておられるそうです。


2016年末に南相馬市に完成した災害公営住宅にひとりで暮らしている鈴木竹子さん(88才)は、離れて暮らすコーギーのマリ(12才)に特別な思いがあります。

元々は浪江町で息子夫婦や孫、そして愛犬マリと一緒に、8人&1匹で賑やかに暮らしていました。

地元の消防団で活動していた息子の謙太郎さんは、地震の直後、周囲の人々が避難する中、自宅に戻って縁側に繋がれていたマリを助け出したといいます。

その後、謙太郎さんは水門を閉めるために海へと向かっていったところを津波にさらわれてしまったのです。

 竹子さんは

「マリ・・・これがあの子の最期の形見。最期の形見」

そう、テレビの取材で話しておられました。

竹子さん自身、震災後、避難先を転々としてきました。

今年1月に、この災害公営住宅に入居することで、ようやく落ち着いた暮らしを取り戻すことができました。

けれども、災害公営住宅では犬を飼うことが禁じられています。

震災から6年経った今でも、マリと暮らすことはできないのです。

「一緒に住みたい、でもそれはできない。
マリといたい、でもいられない。
マリと清々と暮らしてみたい。」

88才の飼い主さんと12才のコーギー・・・どちらも高齢です。

1日も早く、一緒に安心して暮らせる日が訪れますように・・・


飼い主さんと犬たちとの再会は、ほんの1時間程度です。
次に会えるのはまた半年後・・・

それでも、いつかは愛犬と一緒に暮らしたいという思いは、生きる希望に繋がるのだと思います。


引き取り手が見つからなかった”じゃがいも”を立派な災害救助犬に育てあげ、
飼い主さんから預かっている犬たちには、定期的な再会の機会を与えてあげる・・・


【NPO法人 日本動物介護センター】のすばらしい取組みには、本当に頭が下がります。


コチラ↓のページから寄付をすることができます。
協力できるという方は、ぜひよろしくお願いいたします。

http://www.nihondoubutukaigo.com/contents1.html



<今日のPet Hotel 11!>


初めてPet Hotel 11!に遊びにきてくれた
抱っこ大好き 海斗くん。
また遊びにきてね~!

ハナちゃん、長いお泊り、よく頑張ったね!
またきてね~(^▽^)/

そらくん「かあちゃん、みてみてぇ~!ボクこんなに
他の子と遊べるようになったんだよ!」

お散歩だってグングン歩くよ!すごいでしょ?!
エッヘン!!

ボクは東日本大震災の6日後に生まれたんだ。
あれから6年・・・
今や立派な”ボール犬”に成長したんだぞ!

ワタシも東日本大震災の2か月後に生まれたのよ。
あれから6年・・・
今や立派な”女帝”に成長したのよ!!







2017年8月15日火曜日

戦争に翻弄される犬たち③

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。


戦地に軍犬として出征させられる犬たち

食い扶持(くいぶち)を減らすため、食用にするため、兵士の毛皮にするためといった理由で容赦なく殺される犬たち

人間が人間の都合で始めた戦争に、いつの時代も翻弄されてきた犬たちについて書いてきました。


【従順で純粋な犬たち】

前回のブログでご紹介したドラマ『さよなら、アルマ 赤紙をもらった犬』の中で、アルマが所属している部隊が野営中に

「こいつがいるおかげで、俺たちはこんな毎日でもちゃんと人間でいられる」

とひとりの兵隊が言うシーンがあります。

親や兄弟、妻や子供がいて、ありふれた日常を過ごしていた、ごく普通の人々。
戦争が始まる前は、優しさや理性を持っていた男性たち。

彼らは、”殺さなければ殺される”という戦争の極限状態の中で、人格が崩壊し、罪の意識すら薄れて狂気の世界に入っていく・・・

けれどもアルマという一頭の犬に、彼ら自身の人間らしさを呼び覚ましてもらっていることに気づくというシーンです。

人間には意思があります。そもそも人間が始めた戦争です。

でも犬は何のために自分が戦地につれて来られ、何のためにこんなことをしなくてはならないのかも解らないのです。

にも関わらず、その身を投げ出して忠実に人間の命令した通りに動き、不平も泣き言も言わず、まっすぐな瞳と優しい表情で人間を見つめる犬の純粋さに、兵士たちは癒され、自分を取り戻していったのでしょう。

人に愛され、人を癒して、人に尽くして、人に利用され、人に殺され・・・

それでも犬たちはまっすぐな瞳でわたしたちを見つめ、ついてきてくれます。

ついてきてしまうのです・・・!

このドラマの中に、こんなシーンもあります。

訓練士としてアルマと共に戦場で戦う青年。
子供たちの歌声が大すきだった優しくて穏やかなはずのアルマが、青年に命じられて敵兵を躊躇なく襲い、敵兵の血で口元を汚したまま戻ってきて、嬉しそうにオスワリして青年の顔をあどけない瞳で見る様子に彼はショックを受けます。

アルマはただ、褒めてほしいだけなのです。
オスワリやマテができると褒めてもらえるのと同じように、敵を襲うことを教えられ、命令されれば、褒めてもらえると思ってやるのです。

犬はあまりにも純粋で従順です。

ですから、犬がどういう行いをするかは、すべて100%わたしたち人間(飼い主)の責任なのです。

だからこそ、絶対に犬を戦争の道具にするなどもってのほかだと強く言いたいのです。


【一番怖いのは普通の人々】

『さよなら、アルマ』の中に、戦地で活躍する軍犬としてふさわしい犬かどうかを判断するための試験の模様が描かれています。

意外なことに、この審査を実施するのは国ではなく、【社団法人帝国軍用犬協会】という民間団体だったそうです。

太平洋戦争の末期に犬の供出を強く推し進めたのは、隣組などの地域住民でした。

常日頃お世話になっているご近所さんが家に押しかけてきて、

『人間が食べる食料も乏しいというのに犬を食わせるなどぜいたくだ!』

『兵隊さんが戦地で命をかけて戦っているのだから、アンタの家も犬をお国に差し出せ!』

などと迫るのです。

もちろん、国や軍部がそのように仕向けているわけですが、ご近所から冷たい目で見られ、非国民と石を投げつけられることは、当事者に断るという選択肢を与えない恐ろしさがあります。

国は、お互いを監視させ、密告させるような状態に普通の人々を追い詰めていたのです。

『こんなことはおかしい』

と、実は多くの人が心の底で思っていたとしても、それを言えない”空気”

それが犬たちを犠牲にしてきたものの正体なのかもしれません。


少し前に、作家の西村京太郎さんが、

『日本人は戦争に向いていない。だから戦争はしない方がいい』

と語っておられました。

日本人には、一旦戦争が始まってしまうと

「みんなが死んでるのに、俺だけ生きてるわけにはいかない」

という考え方をしてしまうところがあるからと・・・

西村京太郎さんは戦争経験者です。

わたしはもちろん、戦争を知りませんが、氏の言葉の意味はなんとなくわかる気がしました。

だって・・・

日本人ってみんな同じ格好をしたがりません?行列も好きだし。
流行りモンに弱いというか・・・

一緒が安心なんですよね。

太平洋戦争当時の日本人が

「みんなが死んでるのに、俺だけ生きてるわけにはいかない」

と思う気持ちと、

現代の日本人の

「みんなが残業してるのに、俺だけ早く帰るわけにはいかない」

と思う気持ち・・・何も変わっていないんですよね。


協調性があって、一斉に同じ方向を向いて周りに合わせることができる国民。
他者への思いやりや犠牲的な精神に厚い国民。

それは、平和な時には褒められるべき長所で、先の震災時なども多くの美談を生んだのかもしれません。

でも戦争という非常事態の時には、その国民性が恐ろしい方向に働くのかもしれません。

だって、

戦争そのものが”大量殺戮”という狂気そのもの

なんですからね。


『マヤの一生』(椋鳩十)という児童書があります。

これは、飼い犬を供出させられる家族を描いた児童書で、作者の椋鳩十さんご自身が、鹿児島で教員をしていた頃の体験を元にしたお話です。




お話の中で、飼い犬のマヤを供出することを最後まで拒み続ける主人公一家が、町の人たちから憎しみを買うようになるという場面があります。

その中には、既に飼い犬を供出し、その犬が殺されたという悲しい経験をした人たちもいたのです。

『こちらは、じっとがまんして、犬を出してしまったのに、あんたはまだ、理屈をこねまわして、犬を出さないそうですなあ』

と・・・

自分が辛く悲しい目に遭ったから、隣人が同じ目に遭わないように守ってあげるのではなく、逆に強いるようになるという心理状態を描いているのですね。


自分がもし、そのようなことを言われたら・・・
いやむしろ、逆にそのようなことを言ってしまうような人になってしまったら・・・

考えるだけでもゾっとします。



最後に、『さよなら、アルマ』の中の冒頭のセリフをご紹介して、このシリーズはおしまいにしたいと思います。


『戦争当時、軍犬として戦地に10万頭が送られたが、故国に戻ってきた犬は一頭もいない



人間のせいで戦争に翻弄された多くの犬たち

ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・

人間は、あなたたちに比べて、こんなにもおバカさんです。



<今日のPet Hotel 11!>


ブランちゃん、きれい・・・なんだかこんがり美味しそうよ・・・

えへ♪そうでしょ!
とってもおりこうだったね。
また遊びにおいでね~~!

雨だよぅ~!ワチャワチャワチャワチャ・・・

ボクの居場所はココ!

あとココねっ!!(笑)

この要塞には絶対に誰にも近づくことを許さない”なつ”
(怖くて誰も近づけないさ~)

ボクなんか、オシッコシートの上でも寝れちゃう~
 
ワタシ、このクッションがお気に入り♪
あららハナちゃん、はしゃぎすぎて御髪が乱れちゃってますよ。

「おーい、開けて開けてぇえ~~!」(ハイハイ)
マメくん、本当に優しくていい子だったね!ありがとう。
また遊びにおいでね~~!
そらくん、みんなにとっても馴染んできたねー!







2017年8月14日月曜日

戦争に翻弄される犬たち②

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。

本当に気分の悪いお話ですが、目を背けずに知ることで、同じ過ちを繰り返さないために・・・

ひきつづき【太平洋戦争中の日本の犬たち】について書いていきます。

●供出された犬たち

太平洋戦争当時にわたしたちが犬に行った狂気じみた行いは、下の写真を見ればわかりますね・・・




けれども当時の日本で、人間から非道な仕打ちを受けたのは、軍用犬(戦争に利用される犬)や軍犬(部隊に配属され出征させられる犬)にされた犬ばかりではありません。

日中戦争が泥沼化して、太平洋戦争に突入しようかという1940年あたりから、軍用犬以外の犬や猫は不要だという声が上がりはじめました。

配給も乏しく、人間がろくに食べることができないというのに、犬や猫にやるエサなどないということで、ペットを飼っている人はぜいたくな非国民と非難される空気が流れたのです。



おい人間?!オマエたちが勝手に始めた戦争でしょーが?!

そのせいでエサが十分に食べられなくなった犬たちは、ただでさえ

いい迷惑!とんだとばっちり!

それなのに、何を勘違いしているのやら・・・・(プンスカプンスカ)



ペットを飼っている人を非難する声は、戦争の拡大に伴ってどんどん厳しくなっていき・・・

飼い犬にかかる畜犬税という税金が増税されました。

警視庁は、犬の肉を精肉店で扱うことを認めました。

アメリカによる本土空襲が始まって戦局が厳しくなった1944年になると、軍需省と厚生省が飼い犬の供出を徹底するように、次のような通達を出しました。

『軍需毛皮革ノ増産確保、狂犬病ノ根絶、空襲時ノ危害除去ヲハカルタメ、一切ノ畜犬ハ、アゲテ献納、モシクハ供出サセルコト』

現代語にすると

『軍需用の毛皮を増産確保するため、狂犬病を根絶するため、空襲時に犬が驚いて人に危害を及ぼす恐れを排除するため、すべてのペットは献納または供出させるように』

ということですね。


昭和20年(1945年)の日向日日新聞の記事


これによって、軍用犬・警察犬・狩猟犬などの特別な許可を受けた犬以外の、すべての犬がお国に差し出され、命を奪われることになったのです。


『犬やねこが消えた 戦争で命をうばわれた動物たちの物語』(井上こみち/学研)という本の中には、可愛がっていた犬や猫を泣く泣く供出した飼い主さんの哀しみや、供出された犬や猫を殺すように命じられた人の苦しみが、当事者の言葉として書かれています。

 


当時15歳だったある少年は、友人から「いい仕事がある」と誘われるままに行ってみると・・・

国民服に戦闘帽の、こわい顔をした男性に

「これからおまえたちには、お国のため、軍隊のために働いてもらう」

と言われ、一本の丸太棒を手渡されます。

「大事な資源なので、そまつにあつかってはならない。毛皮に傷がつかないように、一発で殺せ」

そこには、犬や猫、うさぎなどのペットを供出するために連れてきた人たちが集まってきていました。

うつむいてすすり泣いている女の人や、犬を抱きしめている女の子・・・

少年は、こわい顔をした男性に逆らうことができず、命令された通り力いっぱい棒をふりあげたといいます。

なぐられるまでじっと座っている犬もいました。

歯を剥き出して威嚇するので、何人もで押さえつけなければいけない犬もいました。

押さえつける人を振り切って逃げだす犬もいました。

こうして殴り殺された犬や猫は、皮をはがされました。
軍需用の毛皮にするためです。

少年にとっての最後の仕事の日。

何匹もの猫が抵抗して、近くにあった木の枝に逃げました。

猫たちは葉のない枝にしがみついたといいます。

その木を見て、この少年は

「まるでねこの木だ! ねこの木がふるえている」

そして少年は、めまいを起こしてその場に倒れたそうです。

この証言をした男性は、老人となった今でも【犬をだいた悲しそうな女の子の横顔】を夢に見るそうです。そして・・・

「あんなバカげたことをさせる戦争を、二度としてはいけないよ」

と語っておられます。


Pet Hotel 11!のある神奈川県では、太平洋戦争末期に、犬を供出した人に対して、せめてものお礼にと、犬一頭につき牛肉か豚肉を百匁(およそ375グラム)ほど交付したといいます。

当時、一般家庭では当然肉なんて手に入りません。

大変貴重なものです。

にもかかわらず、愛犬を供出にきた飼い主さんの中には、肉の配給券を受け取ると、

『すぐに戻りますから、わたしが帰って来るまでこの子を連れて行かないでください。』

と係官に頼んで、大急ぎで肉を買ってもどり、愛犬に食べさせようとした人もいたそうです。

けれども勘のいい犬は、肉を鼻先に出されても何かを察知したのか、一切口をつけないので、飼い主さんは仕方なくその肉の包みを愛犬の首に結わえ付けて、肩を落として帰って行ったといいます。


【ぜひ観ておきたいDVD】

先ほど少し内容をご紹介した、井上こみちさん原作の『犬やねこが消えた 戦争で命をうばわれた動物たちの物語』は日本テレビでドラマ化され、DVDになっています。

他にも、戦場に駆り出された軍用犬アルマと、アルマを調教した青年を描いた『さよなら、アルマ 赤紙をもらった犬』というドラマがNHKのスペシャルドラマとして放映され、やはりDVDで視ることができます。

目を覆いたくなるような辛い史実ですが、現実にわたしたち日本人が行ってきたことです。

同じ過ちを繰り返さないため、この夏ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。


  



【戦争に翻弄される犬たち】のお話は、あともう少しだけ続きます。


<今日のPet Hotel 11!>

はじめまして。ボク、そらくんです。
他の犬やだやだ!こわい!キライ!

怖くないってぇ~~!
そうそう。怖くないから~!
どれどれ~?クンクン♪
そらくんのお尻嗅いだらウンチしたくなっちゃった
よっこらしょっと・・・
(なぜかいつもバランスの悪い体勢でウンチするマメくん)

ヘンな恰好でウンチしてるよう~
こわいいいいい・・・・・

こわくてボクもウンチ・・・
なつ「なんでやねんっ?!」

ワタシもはじめまして。ブランで~す♪
みんな仲良くしてね~~!

わーい!キミ、キャワイイねぇ~~!
マメだよ。よろしく♪

やだ。仲良くしない。犬キライ。
でもかあちゃん、ボク、お留守番頑張るよ!