2018年7月20日金曜日

使役犬は不幸なのか?②(使役犬=虐待ではない)

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。







【使役犬=虐待ではない】


●十犬一絡げ(じゅうわんひとからげ←?)


まず、結論から言ってしまうと、わたしは「使役犬=虐待」とは思っていません。

その一番大きな理由は、「使役犬=虐待」という考え方は、冷静さを欠いた論理の飛躍だと言わざるを得ないからです。

わたしの考えはシンプルにこうです。


使役犬の中にも、とても幸せな子もいれば、ひどく不幸な子もいる。

一般家庭のペット(愛玩犬)の中にも、とても幸せな子もいれば、ひどく不幸な子もいる。


当たり前のことだと思いませんか?

羊たちを追う牧羊犬よりも、1日中家で飼い主の帰りを待つペットの方が絶対に幸せだと決めつけることはできませんよね。

ですから、「使役犬=虐待」と決めつけて目くじら立てることはやめて、もう少し冷静に個別に見ていく必要があるってことです。


もちろん、「使役犬の方がご家庭のペットよりも絶対に幸せだ」という主張もまた、極論だということは言うまでもありません。



●「犬本来の喜び」ってなに?


ここからは、使役犬として人間のために働いている犬たちの方がご家庭のペットよりも幸せな場合もあるというお話をしていきたいと思います。


まずは、「使役犬=虐待だ」と主張する人々の言い分のひとつ、


使役犬は犬本来の喜びや幸せを犠牲にして人間のために働かされている。」


について考えてみたいと思います。


使役犬が犠牲にしている「犬本来の喜び」とは、どんなことを指しているのでしょうか?

使役犬にはできなくて、ご家庭のペットにはできること・・・う~む、なんだろうなんだろう?


・自由気ままにふるまうこと?

いやいや、家庭犬だって好き勝手にソファにオシッコしたりはできないし、夜中に吠えることは許されないし、お散歩に行く時には繋がれているしなぁ・・・


・思いっきり走り回ること?

確かに、盲導犬などは思いっきり走り回る機会はほぼありませんね。

でも、ご家庭犬の中に、実際に好き勝手に走り回れるチャンスをしょっちゅう与えられている子ってどのくらいの割合いるんだろう・・・?


さて、みなさんは「犬本来の喜び」が何であるか、断言できますか?



●犬の生態や行動学


わたしには、「犬本来の喜び」というのはコレだっ!!と断言することはできません。

けれども、犬の生態や行動学といった様々な研究結果を学ぶことで想像することはできると思っています。


犬の祖先は狼だと言われていて、実際そのDNAにはほとんど差がみられません。

つまり、本能的な部分では狼と似た性質や欲求を持っていると考えるのが自然です。

少なくとも、「犬本来の喜び」はわたしたち人間よりも狼のソレに近いと言えそうですね。


わたしは、道を歩いていて 猫やハトを見かけると追い掛け回したい衝動に駆られることはありません。

道路に落ちている干からびたミミズに、嬉々として背中をこすりつける趣味もありません。


どうやら、わたしたち人間が「幸せ」と感じることをそのまま犬に当てはめて考えるのは間違いだろうということはハッキリしていますね。


けれども、わたしが想像するに 次の要素は、人間と犬に共通した「本来の幸せ」に含まれると思っています。



●群に所属している幸せ


犬は狼同様に”群”で生活する習性がある生き物なので、群に属していることが自然な在り様(ありよう)です。


家庭犬の場合、群とは飼い主さんをリーダーとする愛犬を含めた一家のこと。

飼い主さんが単身の場合は飼い主さん+犬=群ということになります。


ちなみに、人間もまた群で生活する生き物です。

人間も犬も、共通して「群に所属していたい」という本来的な欲求を持った生き物なんですね。


たびたびこのブログで引用している「マズローの五段階欲求」でも、生きるために最低限必要な食欲などを満たされ、安心や安全を満たされている人が、次なる欲求として抱く欲求は


「所属と愛の欲求」(仲間が欲しい。国家や家族など社会の一員でありたいという欲求)


だとされています。





では、群の一員でありたいという犬の欲求はどうすれば満たされるのでしょうか?

それは「自分は群にとって必要な存在だ」と感じることによって満たされるとわたしは考えます。


以前「もし愛犬が狼の群にいたら・・・」という記事の中で、狼の群におけるそれぞれの役割についてお話しました。

狼の群において、何の役割も果たさず日がな1日プラプラと遊んでいるようなメンバーは子狼を除いて一匹たりともいません。

もし、そんな狼がいたなら、たちまち群れにはその籍はなくなって追放されてしまいます。

ですから、狼たちは自分が群にとって役に立つ存在であろうと必死です。


「自分は群にとって不可欠な存在だ」


という実感は、自分が群に所属していられるという安心感に繋がるものなのだからですね。



●家庭や職場で・・・


もしアナタがご家庭や職場で、ご家族や上司、同僚たちから、


「アナタは何もしなくていいよ。そこで自由に過ごしてて~!」


と毎日 言われていたとしたら・・・

みんなが何やら忙しそうにしているので、少しでも手伝おうかとアナタが立ち上がると・・・


「あーーー!いいからいいから、何もしないでのんびりしてて!」


なーんて言われたら・・・


アナタは幸せでしょうか?

ま、1日くらいそんな日があったら”天国だ♪”と感じるのかもしれませんが、毎日毎日ずーっとソレだと・・・ねえ?


わたしだったら、とてつもない”疎外感”を感じ、幸せとは程遠い、居心地の悪い気持ちになってしまいます(;´Д`)


よく、企業が社員をリストラに追い込む際に使われる、仕事からその社員を干して「窓際族」という、会社にとって何の役にも立たない存在にしてしまうという陰湿な手法は、

「群の役に立ち、群における自分の存在価値を確認していたい」

という本来的に人間が持っている欲求を封じる、一種のイジメですね。


つまり、群に属していたいと思う生き物に何も役割を与えないのは、大変な苦痛を強いることだってことです。



●使役犬の役割 家庭犬の役割


ここまでのお話を踏まえて、もう一度「使役犬=虐待だ」と主張している人の言い分のひとつ、


使役犬は犬本来の喜びや幸せを犠牲にして人間のために働かされている。」


を振り返ってみると、それはむしろ反対のような感じがしませんか?

使役犬はわかりやすく「群における自分の役割=お仕事」を割り当てられているのですから、「群における存在価値」を常に確認できているという点において、「犬本来の幸せ」のひとつを実感しやすい立場にあるように思います。

もちろん、当人(当犬)の能力を大きく超えた過重労働を強いることや、激しく嫌がっている労働を無理やり強制することは虐待になり得ますし、信頼関係を損なうことに繋がりますから、犬にも人間にもやってはいけませんね。


さて・・・一方、ご家庭でいわゆる「愛玩犬」として飼われているペットは、「窓際族」のような疎外感を感じて不安になっている可能性も否めない?!っていう心配が湧いてきますね(-_-;)


でもダイジョーブ♪


一般家庭の愛玩犬にとって、一番大切なお仕事に当たるのは「お散歩」です。

狼の群に例えると、アルファ(リーダー)が「狩に行くぞっ!」とメンバーを集めて共に歩いているようなものです。

ですから、お散歩は健康な家庭犬にとって欠かすことができないものなんですね。

お散歩以外の部分では、「リーダーに呼ばれたら行く」だとか「リーダーのベッドには上がってはならない」などといったルールをリーダー(飼い主さん)がキチンと決めて徹底させることも、ワンちゃんに


「群に所属してるぅ~~♪」


という実感を抱かせてあげることに繋がりますね。


野放図で自由気ままにさせてもらうことが、必ずしも「犬本来の幸せ」ではないということが、お解りいただけたでしょうか?


飼い主さんがしっかりとしたリーダーシップを発揮できずに、ワンちゃんの言いなりになっている場合、ワンちゃんに様々な問題行動がみられることはとても多いです。

その原因のひとつは、もしかすると群における自分の役割が与えられていないことに対する不安からくるストレスかもしれないということですね。



次回は、人間と犬の関係の歴史から、使役犬について考えてみたいと思いまーす!





<今日のPet Hotel 11!>

Gちゃん、久しぶりのお泊りだね~♪
後ろの「ひょっこりはん」はL兄くん(笑)

ひょっこり兄弟(笑)

はじめまして!Hくんです♪

はじめまして!Yちゃんです♪

ふたりとも、とってもイイ子にお留守番できました
(^▽^)/

L兄弟、今日もとーってもおりこうさんにしていました♪
ウンチに黄色いスイカが入っていたことは
内緒にしてあげるね(;'∀')

Gちゃんも海でテンションあがってるね!

草を食べすぎて叱られるとサッとこの姿勢・・・
要領よすぎでしょ(-_-;)

あぢ~~~~!氷くださーーい!

はいはい・・・(-_-;)