2018年7月15日日曜日

命を削る救助活動・・・レイラのこと①

こんにちは。神奈川県 Pet Hotel 11!(ペットホテルワンワン)のお庭番です。





【災害救助犬 レイラ】


●どうしたらいいの?


東日本大震災 発災の翌日3月12日、災害救助犬「レイラ」の女性ハンドラー 村田さんは民間のボランティアとして自衛隊と共に岩手県の大船渡市にレイラを連れて入りました。

その後も宮古市、宮城県の気仙沼市に南下して行方不明者の捜索活動をレイラと行いました。


レイラは生存者を発見すると嬉しそうに吠えて


「早く見つけて!」


と村田さんのところに駆け寄ってくるのですが、この時はレイラがそんな仕草をすることはありませんでした。


「あの場所では、遺体しか見つけられなかった。

レイラは、生存者を探すように訓練されている。

だから遺体を見ると、

『どうしたらいいの?』

と相談をするためにそばに寄ってくる」


遺体を発見したレイラは背中の毛を立て、悲しそうな目で村田さんや隊員たちの方を振り返るという動作を繰り返しました。

レイラと共に訓練を積んできた村田さんが


「レイラ、そんなわけないでしょ?!」


とレイラを3回も叱ってしまうほど、レイラは次々に


「ここにも、ここにも・・・」


と、ご遺体が埋まっていることを示す悲しい目をしてみせました。


村田さんは、レイラがご遺体を発見した場所に赤い旗を立てて行きました。

その場所を自衛隊が掘り起こしますが、実際にレイラが教えた場所の全てからご遺体が出てきました。


一刻でも早ければ、生存者を見つけることができるかもしれない・・・

村田さんとレイラは「早く早く!」と前に突き進んでいき・・・はっと振り返ると、自衛隊員ははるか後方にいました。

それを見たときに村田さんは我に返り、ゾッとする思いだったと言います。

あまりにも遺体が多すぎて収容作業がついてこられていなかったのです。

1日歩いて、レイラは150体ものご遺体を探し当てました。



●強い使命感と落胆


人間の1000倍以上の嗅覚を持つ犬にとって、遺体の臭いはあまりに強すぎて、たくさん嗅ぎすぎると臭覚が弱くなってしまうのだそうです。

東日本大震災直後の被災地は、レイラにとってあまりに過酷な現場でした。


「レイラが災害救助犬としての使命を終えることも、覚悟していた」


村田さんは語っています。


レイラは、村田さんと共に災害救助犬としての訓練を積んだ結果、東日本大震災の二年前にはスイスの国際災害救助犬の試験をトップで合格した、ずば抜けて使命感の強い犬だったそうです。


「養護施設などで働き、少しずつ貯めたおカネでドイツからレイラを買った。

この子は、スイス血統のメスのシェパード。

災害救助犬と呼ばれるのにふさわしいレベルに育てるまでに、時間もエネルギーも使った。

だから大事な犬。

だけど、それ以上に人の命はかけがえのないもの」


捜索を終えた夜は、小学校のグランドなどでテントを張って寝泊まりし、翌朝早くから、隊員らと人を探し続けました。

レイラのみならず、村田さんや自衛隊員にとっても、目にしたことのない惨状は過酷を極めるものでした。

村田さんは1週間で12キロ痩せ、レイラも体重が半分になりました。

自衛隊員や消防団員たちもも食事はあまりしなかったそうです。


「あのときの心理状態は、普通ではなかった。目の前のことが、理解できる範囲を越えていた。精神を冷静に保つために、感情とか食欲を抑え込んでいたのかもしれない。レイラも、次第に落ち込んでいった」(村田さん)


レイラは生存者を探すことが使命の災害救助犬なのに、その生存者は1人も見つかりません。

遺体を発見するたびに、レイラの表情は曇っていきます。


「この子は、きっとヘコんでいたのだと思う。生存者を見つけると、私が誉める。だけど、あのときはそれができなかった」(村田さん)


そんなレイラに気を使って、隊員や団員が、捜索の休憩の間、家の中に隠れ、生存者のふりをしてくれたこともあるそうです。

けれども・・・


「ありがたいことだけど、この子は頭がいい。

人間のその思惑を見抜く。

使命感が強いから、どんどんと落ち込む」(村田さん)



●臭覚を失っても


更に、気仙沼市に入ると、大火事の後だったため独特の臭いがしていました。

家や工場、車、船、重油、魚などが燃えた臭いです。


「レイラには、あの臭いはきつかったと思う」(村田さん)

「警察犬などは15分ほどしか集中力が持たない。だけど、この子は生存者を見つけるまで、あきらめない」(村田さん)


レイラの臭覚が失われることを覚悟で、村田さんはその後もレイラと共に何年にもわたって福島の被災地に通い、家族との対面を果たせずにいるご遺族のための捜索活動を続けていらっしゃいました。


レイラは東日本大震災のとき 既に9才になろうとしていたシニア犬でしたが、それでも村田さんと捜索活動に行く際、後任の他の犬(子供たち)に唸ってその任務を譲らないほどに使命感が強い犬だったそうです。



●最期の捜索(村田さんの手記より)


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被災地にはまだまだ沢山の帰りを待つ人、帰りたくとも帰れないで埋まっている人がいます。

(老体で)車に飛び乗ることさえ出来なくなっていたレイラ。

しかし子犬用に乗せてあったバリケンを引きずりおとし、我先に、と飛び乗ったウタを噛み付き下ろし、更にそのすきに飛び乗ったラマットを怒りの怒声一発で下ろした。

まるで月命日の捜索は私の任務
とばかりに不自由な身体を車に納めた。

まるで二週間後にその命が尽きるのをわかっているように


彼女は必死だったのかもしれない

海中からお二人の御遺体をアラート(知らせること)し
返す刃で遺品や遺骨をアラートした

諦めていたご遺族の目の前で

レイラは奇跡をおこした。
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レイラが逝ったのは、震災の3年半後。

2014年10月のことでした。



レイラのお話はまだつづきます。

レイラはまさに命を削って人間のために働きました

それをさせていた村田さんの行為を「虐待だ」と感じるかどうかは個人の自由です。

けれども、どうかそう思われる方も、現時点でその気持ちを口にはせず、心の中にそっとしまっておいてください。

思うのは自由、でも、村田さんは他の誰よりもレイラを愛していました。

村田さん以上にレイラを愛していない人が、最高のバディ(相棒)を失った村田さんに対して、批判を口にする権利はないとわたしは思っています。






<今日のPet Hotel 11!>

すっかり仲良しになったHちゃんとLくん

ごめんねLくん、ワタシ帰るねー!
また一緒に遊んでね~

Lくん「ボスく~ん、ねえねえ一緒に遊ぼうよ~」

ボス「プイッ」
Lくん「チェッ・・・・」

Lくん「つまんないの~~~・・・」

仕方ない・・・じゃ、抱っこしてくださーい
(ヨッコラショっと)

ハイハイ(;^_^A